書評:『理系サラリーマン 専門家11人に「経済学」を聞く!〜「入門書」を読んでもわからないので直接質問しました』平林純/光文社

んー、経済学に入門もなにもない気はするのですが、経済学を敬遠したいと感じている理系の方はまぁまぁ多いようで…。経済学部出身の私としては、逆に文系にだけに経済学があるのはちょっとどうかと思ったりしています。理系の学部の1つとして経済学があってもいい気がするんですけれどもいかがでしょう?

理系サラリーマン 専門家11人に「経済学」を聞く! (Kobunsha Paperbacks Business 17)

理系サラリーマン 専門家11人に「経済学」を聞く! (Kobunsha Paperbacks Business 17)

本書は著者が行った経済の専門家11人との対談と、リクナビNEXT Tech総研におけるアンケートをまとめた1冊。何度も言っているが、対談本は著者(対談者)の言いたいことが30%も文章に起こされないので個人的にはあまり好きではないのだが、本書は対談本だからこそ、経済についての要点が明確化しているといえるかもしれない。絶対的な正解を持たない経済学だからこそ、枝葉を取り除いてそれぞれの経済専門家が何を考えているのかが対談だからこそ明確になっている。

大竹 理科系のトレーニングが将来を予測する力・考える力を育てるのかもしれませんし、あるいは、そういう気質の人たちが理科系に進むのかもしれませんし、それはどっちが先かわかりませんけれどね(笑)。

  • アンケートみんなに聞いてみました:「変化が続く毎日」「変化のない毎日」のどちらかを選ばなければならないとしたら、どちらを選びますか?
  • 第2講 給料格差時代に希望がもてますか?(講師:玄田有史[東京大学教授])
    • 経済学は「成果」を挙げていますか?
    • 給料格差は経済学で説明できますか?
    • 明日は今日より"よい"日になっていく?

玄田 経済学がどんな学問かというと、"今よりも、ほんの少しでもいいからハッピーに暮らせる社会をどうしたら作ることができるかを、バカみたいに愚直にまじめに考える"というものだと思うんです。

  • コラム:経済学の「中途半端なバランス感覚」
  • アンケートみんなに聞いてみました:明日は今日より「明るい」「希望がある」と思いますか?
  • 第3講 お金をたくさん持っている人が幸せですか?(講師:友野典男[明治大学教授])
    • 経済学の中の「人」ってどんな人?
    • 「選択肢」が多いと「悩み」も多い
    • 「絆」や「信頼」が、幸せを生み、得もする!?

友野 人の感覚の特徴に"少数のデータで全体を判断してしまう"というものがあります。"少数の法則"というのですが、"ほんのいくつか試みただけで、すぐ一般的傾向を引き出してしまう"−"癖・バイアス"−です。

  • アンケートみんなに聞いてみました:選択肢の数が多いほど「満足で幸福」ですか?
  • 第4講 結局お金って何ですか?(講師:松原隆一郎[東京大学教授])
    • 「最強のモテ男」と「現代の奴隷」!?
    • 読書とWinnyの経済学
    • 「クリックするだけならタダ」のネット社会と、小泉首相電車男

松原 例えば、終身雇用制が、企業が従業員の生涯を完全に縛り付けるというものだとしたら、その場合は古代の奴隷の構造に似ていますよね。従業員の能力を全部売り出したことになりますからね。この従業員1人の値段のことを「生涯賃金」なんて言ったりするわけですが。

小島 企業には共有された情報や蓄積された経験といったプラスアルファの"価値"があります。その価値は、企業が分散すると消えてしまうことがあるのです。

  • コラム:"技術の成長率"の低下が「失われた10年」を生んだ?
  • アンケートみんなに聞いてみました:インサイダー取引が「悪い」のはなぜだと思いますか?
  • 第6講 なぜ今「会社は誰のものか」ということが問題なのですか?(奥村宏[会社学研究家])
    • もともと「会社」は、どんなものとして生まれたんですか?
    • 「会社」は、どう変化して現在の「株式会社」になってきたのですか?
    • これからの「会社」は"誰"の"ナニ"?

平林 そうすると、株主が支払わない株式会社の借金は、誰が払うんでしょうか? 誰も払わない?
奥村 そうなりますね(笑)。

  • アンケートみんなに聞いてみました:「会社は誰のもの」だと思いますか?
  • 第7講 市場で決まるモノの価格は適切なのですか?(講師:西村和雄[京都大学教授])
    • 経済学の「目的」って何だろう?
    • 勉強は最強の投資。「将来の選択肢」が増える
    • 「市場競争」と「技術進歩」の、気になる関係

西村 逃げ道のないところで戦わされたら嫌でしょうね。けれど、たくさんのいろんなことをやらされて、つまり選択肢がたくさんあるところで競争して、自分が自分に合ったところを見つけられるような競争だったらいいのではないでしょうか。

  • コラム:ポール・グレアムの「知っておきたかったこと」と城山三郎の『素直な戦士たち』
  • アンケートみんなに聞いてみました:「分数も出来ない大学生」のような"みんな"が行う判断は正しいと思いますか?
  • 第8講 経済学で戦争は止められますか?(講師:森永卓郎[獨協大学教授])
    • 戦争には「利益」や「効用」があるんですか?
    • 経済学で戦争は止められますか?
    • 経済学の面白さは、経済オンチの技術系マインドにも届きますか?

平林 苦しいときには、うそでも希望を与えてくれる方向へ行ってしまいそうですね。
森永 だから、戦争を防ぐためには、貧しい人たちを生み出してしまう不況を起こさないことも大切だと思います。

  • アンケートみんなに聞いてみました:戦争に利益<効用>があると思いますか?
  • アンケート経済学者にも聞きました:「分数も出来ない大学生」のような"みんな"が行う判断は正しいと思いますか?
  • 第9講 平均的でない人も経済社会で幸せになれますか?(講師:中島隆信[内閣府経済社会総合研究所上席主任研究官])
    • 経済学は「企業経営の学問」とどう違うのですか?
    • 経済学はどこまで合理的ですか?
    • 平均的でない人も経済社会で幸せになれますか?

中島 制約条件がない無制限の社会だったら、経済学も経済学者も必要なくなってしまうんですね(笑)。

  • アンケートみんなに聞いてみました:経済学の目的は何だと思いますか?
  • 第10講 "経済学の世界"には、どんな魅力と危険があるのですか?(講師:小島寛之[帝京大学教授])
    • エンジニアという職業選択は、経済学では「あり得ない」?
    • 現在の政策対立の背景には「2つの経済学の対立」がある!
    • 「社会をよくできる論理」の魅力と危険性

小島 いちばん歴史が古くて伝統がある「新古典派経済学」という巨大な大陸があります。アダム・スミスなどの「古典派」に数学を導入したものです。「ミクロ経済学」ともいいますね。そして、その対抗勢力として、海を隔てて「マクロ経済学」とも呼ばれる「ケインズ経済学」っていうのがあるわけです。あと、「ファイナンス」っていう新興勢力がまったく海を隔ててあります。さらには「ゲーム理論」がラピュタ島みたいに大陸間をまたいで飛びまわっているっていうイメージです。

  • アンケートみんなに聞いてみました:エンジニアという職業選択は合理的だと思いますか?
  • 第11講 経済学・自然科学・工学の間にはどんな関係があるのでしょうか?(講師:栗田啓子[東京女子大学教授])
    • 経済学は、自然科学からどんな影響を受けていますか?
    • 経済学に業績を残したエンジニアはいませんか?
    • 魅力的な経済学者&エンジニア

栗田 マーシャルはそうです。"環境にとって望ましいものが生き残っているわけではなく、環境をうまく利用できたものが生き残っているのだ"というんですね。

  • コラム:ニュートンと経済人
  • コラム:ワットの蒸気機関と「(神の)見えざる手」
  • コラム:「賭けることができる人」が経済を動かしている
  • アンケートみんなに聞いてみました:経済学者の"マルクス"を知っていますか?
  • 第12講 経済が低成長でも、「豊か」な暮らしができますか?(講師:中村達也[中央大学教授])
    • お金やモノが増えなくても、生活は豊かになりますか?
    • 「経済学」って、どんな意味の言葉ですか?
    • 未来の社会は豊かになりますか?

中村 古典派経済学のジョン・スチュワート・ミルが1848年に『経済学原理』という本の中で、経済は無限に成長していくことはできず定常状態になる、けれど、そんな定常的な経済は人間性の発展の可能性のある、むしろ望ましいものなんだと言っています。人間性の発展こそが目指すべきものであって、それを犠牲にしてまで経済成長を求めなくてもいい、という発想だと思います。

  • コラム:「比較・成長・競争」がなければ「幸せ」になれない?
  • アンケートみんなに聞いてみました:豊かになるために必要なものは何ですか?
  • アンケート経済学者にも聞きました:豊かになるために必要なものは何ですか?

そもそもな話として、率直に経済専門家に対して『「経済学」ってなんですか?』と聞いているのが本書のポイント。経済専門家はそれぞれの言葉で、自らの考える経済学の要点を答えているのだが、それがなかなか興味深い。経済学は漠然としすぎているし、「これをこうすればかならずこうなる」という絶対的な答えがないことがいわゆる理系から経済学が敬遠される理由なのかもしれない。毎日の生活の中で、人は必ず経済活動をしているのだが、そうした個人的な行動が積み重なって作り上げられる経済の動きをどう理解するのか。かなり直感的だったり、感情的だったり、衝動的な「個人レベル」の行動がなぜ効率的な経済に結びつくのか。その仕組みを探っていくことを面白いと思えるかどうかが経済学を受け入れられるかどうかの重要なポイントかな。