書評:『インフルエンザ21世紀』瀬名秀明・監修:鈴木康夫/文春新書733

パラサイト・イヴ」でデビューした作家であり薬学博士でもある瀬名秀明による、インフルエンザをあらゆる角度から解説する一冊。新書でありながらページ数は後書きを含めてなんとピッタリ500ページと超大作。一般向けにわかりやすく解説されているものの、それであっても内容はかなり専門的な内容に切り込んでおり、読み応えは充分、ありすぎるぐらいあるボリュームだ。

インフルエンザ21世紀 (文春新書)

インフルエンザ21世紀 (文春新書)

防疫の最前線を紹介しつつ、ウイルスの正体、変異のメカニズムから、危機管理のあり方、我々の意識の持ち方まで、広範な専門家に取材してウイルスと人間社会の明日を見据えた著者渾身の一冊。

  • まえがき
  • 第1章 二一世紀のパンデミック
  • 第2章 糖鎖ウイルス学の挑戦
  • 第3章 ディジーズ・コントロール
  • 第4章 時間と空間と呪縛を超える
  • 第5章 想像力と勇気
  • あとがき

第1章では、2009年における新型インフルエンザによるパンデミック発生の過程を時系列で追ったドキュメンタリー仕上げ。つかみとしては非常に読んでいて面白く興味深い。世界で、そして日本において新型インフルエンザはどのような流れでパンデミックを引き起こしたのか、インフルエンザ対策に携わった人たちの視点から描かれた内容はかなりの読み応えがあると同時に、様々な人たちが、それぞれのプロフェッショナルな立場で関わっているのだということがよく分かる。WHOでインフルエンザプログラムのメディカルオフィサーを務める進藤奈邦子さんを始め、世界・そして日本でも様々な専門家がインフルエンザ対策に奔走していた(いる)のだ。県や市の行政・保健福祉局や市の衛生研究所などといった現場の立場の人たちから、マスメディア、研究者まで、インタビュー対象となっている人たちは幅広い。
第2章は、前章とは打って変わって視点がサイエンスに。そもそもウィルスとは何なのか、インフルエンザウィルスはどのように増えていくのか、研究者たちはどのようにウィルスを分析しているのか、ウィルスに対抗するワクチンとは?など、インフルエンザをめぐる様々な要素がこれでもかと詰め込まれている。
第3章は、ウィルスとの戦いについて。人間はウィルスとどのように戦っているのか、最前線におけるウィルスと人間との果てしない戦いが紹介されてている。宿主から人間へ、インフルエンザウィルスはどのように感染するのか、変異し続けるインフルエンザウィルスに対して、どのような手を打つことができるのか。果てしないものの継続的な対策が求められる現場における人たちがクローズアップされている。
第4章は、私たちはどのようにインフルエンザウィルスと向かい合うべきなのかについて。感染の拡大を防止することの意味、それぞれの状況における必要な対策、都市生活をおくる生活において、パンデミックの発生を防止することはできずともその流行の拡大を少しでもなだらかなものとすることの意味とは。医療従事者のみならず、私たちがインフルエンザの流行やパンデミックに対してどのようなことができて、どのような認識を持つべきなのか、単なる病気ではなく社会問題として、考えなければならないことは多い。
第5章は、本書のまとめ。本章は寺田寅彦の随筆からの一文で始まる。「ものをこわがらなすぎたり、こわがりすぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしい」。様々な苦労や失敗を乗り越えてウィルスとの終わりなき戦いを続ける人たちの経験と意見を紹介し、前の章までで紹介してきた人たちを含め、職務以外の面についても紹介している。ワクチン、医療体制、公衆衛生、そして個人防御。人がウィルスに対して、「人類」としてウィルスからの被害を少しでも減らすことの意味について説明され、著者の思いが訴えられている。「楽観的になりすぎないこと、悲観的になりすぎないこと、そして決して絶望しないこと」。引用されている寺田寅彦氏の文章と合わせて、押谷氏の言葉として紹介されているこの言葉に、筆者が本書の執筆を通じて考えた思いが凝縮されているように思う。
なお、本書の印税は取材費を除き全額寄付されるとのことだ。
日経新聞1/22の夕刊「らいふプラス」のコーナーに新しいインフルエンザ治療薬についての紹介が記事になっていた。タミフル(ロシュ・国内では中外製薬)やリレンザ(グラクソスミスクライン)に続き、ラピアクタ(塩野義製薬)という点滴薬やCS-8958(開発番号/第一三共)という吸入薬、T-705(開発番号/富山化学工業)という経口薬などが新しいインフルエンザ治療薬として承認手続きが進められていることが紹介されている。おそらくこれらの薬によって助かる人たちも多くいるだろうが、ウィルスも耐性を持つものが登場することもまた確実だろう。終わることのない戦いが続くからこそ、私たちは想像力と勇気を持って立ち向かっていく必要がある。