書評:『動的平衡 Dynamic Equilibrium 〜生命はなぜそこに宿るのか』福岡伸一/木楽舎

2007年6月に「生物と無生物のあいだ」(講談社現代新書)2008年11月に「できそこないの男たち」(光文社新書)を書評させて頂いた福岡伸一氏の書籍。

動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか

動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか

もう週明けには始業式だろうけれども、本書はぜひ中高生にこそ読んでもらいたい1冊。高校生レベルであれば問題なし、中学生レベルでも充分理解できる内容であるし、本書が生命科学の面白さに魅力を感るきっかけになり、そこから先の人生に大きく影響を及ぼす可能性を考えると、本書の価値はこれから先に無限の可能性を持った中高生が読んでこそ最大化されると思う。はっきりいって、理科の教科書のように網羅する教材も必要だろうが、そこに秘められた謎に迫る、本書のような1冊をそこに添えることこそ教育といえるのではないだろうか。

目次

    • 「青い薔薇」−はしがきにかえて
  • プロローグ−生命現象とは何か
    • ボスの憂鬱
    • ノーベル賞より億万長者
    • 生命現象とは何なのか
  • 第1章 脳にかけられた「バイアス」〜人はなぜ「錯誤」するか
    • クリックが最後に挑んだテーマ
    • 記憶物質を追求したアンガー博士
    • 記憶とは何か
    • 情報伝達物質ペプチドの暗号
    • 時間どろぼうの正体
    • 人間の脳に貼りついたバイアス
    • 「見える人」と「見えない人」
    • 錯誤を生むメカニズム
    • なぜ、学ぶことが必要なのか
  • 第2章 汝とは「汝の食べた物」である〜「消化」とは情報の解体
    • 骨を調べれば食物がわかる
    • 食物は情報を内包している
    • 胃の中は「身体の外」
    • 人間は考える管である
    • 生命活動とはアミノ酸の並べ替え
    • コラーゲン添加食品の空虚
    • 「頭がよくなる」食品?
    • チャイニーズ・レストラン・シンドローム
  • 第3章 ダイエットの科学〜分子生物学が示す「太らない食べ方」
    • ドカ食いとチビチビ食い
    • 自然界はシグモイド・カーブ
    • 「太ること」のメカニズム
    • 脂肪に変換して貯蔵するプロセス
    • インシュリンを制御せよ!
    • 「飢餓」こそが人類七〇〇万年の歴史
    • 過ぎたるは及ばざるが如し
  • 第4章 その食品を食べますか?〜部分しか見ない者たちの危険
    • 消費者にも責任がある
    • 安全のコストを支払う人びと
    • 壮大な人体実験をしている
    • バイオテクノロジー企業の強欲
    • 遺伝子組み換え作物の大義名分
    • 青いバラ」の教訓
    • 全体は部分の総和ではない
  • 第5章 生命は時計仕掛けか?〜ES細胞の不思議
    • 生命の仕組みを解き明かす方法
    • タンパク質の設計図を書き換えよ
    • 受精卵を「立ち止まらせる」方法はないか
    • 「空気が読めない」細胞
    • ガン細胞とES細胞の共通点
    • ノックアウト・マウスの完成
    • 「えびす丸1号」に何が起きたか
    • ES細胞再生医学の切り札か?
  • 第6章 ヒトと病原体の戦い〜イタチごっこは終わらない
    • うつる病気とうつらない病気
    • 細菌学の開祖ロベルト・コッホ
    • 種の違いとは何か
    • カニバリズムを忌避する理由
    • 「濾過性病原体」の発見
    • 自己複製能力を持つ「物質」
    • 種を超えるウイルス
    • 謎の病原体
    • 異常型プリオンタンパク質は足跡?
  • 第7章 ミトコンドリア・ミステリー〜母系だけで継承されるエネルギー算出の源
    • 私たちの体内にいる別の生物
    • フォースの源泉
    • 十五回ボツになった論文
    • 葉緑体も別の生物だった
    • 「取り込まれた」ことの痕跡
    • ミトコンドリアDNAによる犯罪調査
    • アフリカにいた全人類共通の太母
  • 第8章 生命は分子の「淀み」〜シェーンハイマーは何を示唆したか
    • デカルトの「罪」
    • 可変的でありながらサスティナブル
    • 「動的な平衡」とは何か
    • 多くの失敗は何を意味するか
    • アンチ・アンチ・エイジング
    • なぜ、人は渦巻きに惹かれるか
  • あとがき

本書は環境雑誌「ソトコト」およびカード会員誌に連載された記事を加筆修正してまとめたモノとのことだが、著者の様々な考えの根幹にある想いが綴られた最終章の内容に込められた洞察は奥深い。

p.246
生命は自分の固体を生存させることに関してはエゴイスティックに見えるけれど、すべての生物が必ず死ぬというのは、実に利他的なシステムなのである。これによって致命的な秩序の崩壊が起こる前に、秩序は別の個体に移行し、リセットされる。
したがって「生きている」とは「動的な平衡」によって「エントロピー増大の法則」と折り合いをつけているということである。換言すれば、時間の流れにいたずらに抗するのではなく、それを受け入れながら、共存する方法を採用してる。

生命の謎はDNAや遺伝子の研究から解き明かされつつあるように思われているが、その認識はもしかしたらとんでもない間違いなのかもしれない。