書評:『これならわかるネットワーク-インターネットはなぜつながるのか?』長橋賢吾/講談社ブルーバックス(B1599)

ネットワークエンジニア向けの技術本入門書としてはオーム社の「マスタリングTCP/IP 入門編」がやはり優れていると思うのですが、本書はネットワークを生業にしない人向けの技術かじり本としてはとても良くできています。ブルーバックスといえども新書扱いだからなのか本書も縦書きですが、よく縦書きで本書も書いたものだと思います。技術書は横書きの方が断然書きやすいと思うのですが…読み物という扱いだからでしょうかね。

  • はじめに
  • 第1章 ネットワークとは?
    • 日常生活のなかの「ネットワーク」
    • ネットワークとは「点と線の集合」
    • ネットワークと情報交換
    • 糸電話−シンプルな通信ネットワーク
    • 通信ネットワーク1−郵便
    • 通信ネットワーク2−電話
  • 第2章 インターネットはなぜ生まれたのか
    • インターネット誕生の背景
    • ポール・バランのアイデア
    • 銀河系間ネットワーク
    • パケットの誕生
    • 初のパケット交換ネットワーク
    • ARPANETにむけて
    • ARPANETでのパケット交換開始
    • ARPANETデモンストレーション
    • インターネットへの舵取り
  • 第3章 インターネットの約束ごと、TCP/IP
  • 第4章 インターネットの郵便番号、IPアドレス
  • 第5章 情報のバケツリレー、ルーティング
  • 第6章 インターネットの電話帳、DNS
    • DNSはなぜ必要か
    • 名前変換の原則
    • インターネット初期の名前解決:HOST.TXT
    • 集中から分散−HOST.TXTからDNS
    • 分散とドメインツリー
    • 名前が解決されるまで
    • 端末での名前解決機能−リゾル
    • DNSとルーティング
    • リソースレコード
    • DNSの光と影
  • 第7章 インターネットの渋滞とTCP
  • 第8章 インターネットのこれから
    • 4つの疑問の解答
    • インフラとしてのインターネット
    • インターネットの課題とこれから

わずか200ページ程度の新書本に、よくまぁこれだけの幅広い内容を詰め込んだものだと思う。ネットワークの基本的な考え方、インターネットの歴史、インターネットを支える技術仕様、通信ができる仕組みまで。上で紹介した「マスタリングTCP/IP」でも書かれていない部分にまで踏み込んでいたりするなど、単にインターネットに興味を持った人から、インターネットやネットワークを仕事の場にする人にまで、本書は十分に期待に応えてくれる読み応えがある内容に仕上がっている。
第1章ではネットワークというもの自体の意味や役割についてという基礎ともいえない基本から。点と線や、6次の隔たりなど、わずか数ページの中に郵便や電話なども例に挙げながらネットワークがどう成り立っているのかということについて、その要素が説明されている。
第2章ではインターネット誕生の歴史的な経緯について。インターネットの大元となったARPANETがなぜ、現在のインターネットにつながるネットワークの仕様を採用したのか。軍事的な理由など、様々な要素が絡んでいるものの、インターネットがこれだけの規模の、世界最大のネットワークになっても崩壊せずにいないのは、その基本設計方針が優れていたからといってよいだろう。
第3章では通信仕様を階層的に取り決めているTCP/IPの概要について。ARPANETが誕生してからすでに40年近く、TCP/IPの仕様が公開されて35年以上。インターネットは世界的なネットワークとなってしまったが故に、そう簡単には根幹の仕様を変更できないとはいえ、これだけの間、TCP/IPは使い続けられ、そしてその柔軟性や拡張性・汎用性を実証してきた。今後、IPv6になってもTCP/IPの仕様は変わらない。20世紀最大の貢献の1つといっても過言ではないかもしれない。
第4章ではIPアドレスについて。ネットワークエンジニアやIT部門の担当者ぐらいしかあまり気にしていないかもしれないが、IPアドレスの歴史的な経緯は面白い。IPv4の仕組み、クラスという概念、延命策といって片付けてしまうにはとても良くできている可変長サブネットという考え方、さらにこの数年でIPv4からの移行が大きく進むであろうIPv6まで。世界的なネットワークになるとは予想されていなかったであろう時代に決められた仕様から新しい仕様へ。今、インターネットを支える根幹においてどういう変化が起きているのか、この章を通じて1人でも多くの人が興味を持ってくれるといいのだが。
第5章ではルーティングについて。スタティックルーティングから、RIP, OSPF, そしてBGPの基本的な仕組みまで。インターネットという巨大なレベルから、会社やオフィスレベルで使用されているルーティング方式まで、「なぜネットワークは通信できるのか」という疑問の答えはこの章で説明されているルーティングにこそある。
第6章では名前解決について。HOST.TXTからDNSへの変化を必要とした経緯や、今や誰もが当たり前に使っているブラウザに入力しているhttp://...というアドレスが、なぜ使えるのか、その仕組みを支える技術的な仕様についてが説明されている。これだけの規模のネットワークにまで発展しながらも、わずか13台のルートネームサーバ(http://www.root-servers.org)に支えられているDNSという仕組みまで。その制約をすら乗り越える仕組みとして、AnyCast DNSという仕組みがあることまで本書には記載があり、さらに興味を持って調べたい人にきっかけを提供しているところがよい。
第7章はTCPが持つ輻輳制御のメカニズムについて。ネットワークの現場でも、きっと多くの人はあまり意識していないが、このメカニズムをTCPが持っているからこそインターネットが使える状態が維持されているといっても良いかもしれない重要な要素だ。本書において、このメカニズムの説明に1つの章を割いていることところが、著者の技術的な仕様に対する深い理解があることを示しているといってよいだろう。
そして最後に第8章。本書を読む前には冒頭のネットワークについての質問の答えがわからなかった人もきっとここまで読めば、こんな質問には簡単に答えられるだろう。
さすがブルーバックスといえる、ネットワークの基礎を扱っているといっても妥協のない解説でまとめられた1冊だ。

マスタリングTCP/IP 入門編 第4版

マスタリングTCP/IP 入門編 第4版