書評:『遺伝子・脳・言語〜サイエンス・カフェの愉しみ』堀田凱樹・酒井邦嘉/中公新書1887

遺伝子・脳・言語―サイエンス・カフェの愉しみ (中公新書)

遺伝子・脳・言語―サイエンス・カフェの愉しみ (中公新書)

最初から書籍を目的にしたものではなく、イベントから文章を起こして書籍化した本というものがあまり好きではないのだが、本書はなかなか面白かった。
"カフェDEサイエンスしてみませんか"と帯にあるとおり、本書は第一線で活躍する科学者と一般の参加者が会話形式で科学について考えるイベントを新書というかたちにまとめている。以下に挙げるように、全6回のイベントは脳科学をテーマにしながらもなかなか幅広く、かつ興味深いテーマで展開されている。

  • 第1回:脳をつくる遺伝子と環境
  • 第2回:脳はどのように言葉を生み出すか
  • 第3回:手話の脳科学
  • 第4回:双生児の脳科学
  • 第5回:脳とコンピューター
  • 第6回:「分かる」とは何か

遺伝子は脳の構成にどの程度の影響力を持つのか。そんなテーマから始まって、本書では現在の脳科学でわかっていることはどのあたりまでで、どんなことが研究結果として発表されていて、そしてどんなことを今後明らかにしていこうと考えているのかという形で展開される。単に一方的な講義が行われるのではなく、一般の参加者から単純な、しかし素人から見れば非常に興味を持つ点を付く質問が入り、議論は非常に幅広い魅力的なものとなっている。
ハエによる遺伝子研究の話題から、言語認識・バイリンガルの問題、男女差の問題、右利き・左利きの問題と、議論は一般の参加者を対象としているだけにわかりやすく、日頃の疑問と直結した様々な範囲を扱っている。そして第3回の手話の脳科学がなかなか面白い。「ネイティブ」に手話で話すことができる人の脳の働きは一般の言語を扱っている場合と違いがないそうだ。まさに手話で「話している」のであろる。手話にも各国ごとにあることや、NHKなどのテレビに出てくる手話表示は、手話を使う人にとっては非常に違和感があるものであることなど、手話をつかわない人にとっては意外な事実も興味深い。日本における手話は日本語の構文とはだいぶ違うというのは予想外だった。アメリカの手話も、手話としてはフランス的な文法だとのことだから、各国で試用されている手話はそれぞれのルーツや流れに影響を受けた、もう一つの言語といえるのだろう。
その他、第4回の双生児の脳科学や第5回の脳とコンピュータなどでも非常に読み応えのある議論が展開されている。日本でもこういったイベントが数多く、日常的に開催されるようになっていってほしいと思う。