書評:『生命保険のカラクリ』岩瀬大輔/文春新書723

単に私が生命保険を検討する時期にちょうど話題になったから、ということもあるかもしれない。でもライフネット生命は新しい生命保険会社だからこそこれまでの生命保険の常識?を打破したオープン性があり、経営者の顔が見える生命保険会社だった。会社として、と合わせて経営者たちが積極的に「生命保険」そのものについて個人の思い・考えをアピールしていることもまた、とても評価できることだと思う。

生命保険のカラクリ (文春新書)

生命保険のカラクリ (文春新書)

日本の約九割の世帯が加入しながらわかりにくい生保。保険業法の改正により、外資の波も押し寄せている。生保の仕組みを知って、新時代の保険との付き合い方を身につけよう。

正直、本書はさらっと読める新書ではない。でも、新書レベルではあるので、難解なわけでもない。通勤本として読めるけれども、それなりに集中して読まないといけない。いや、読むべき本だ。やはり生命保険はなんとなく、で契約してはいけない。

  • 第1章 生保のGNP - 義理・人情・プレゼント
  • 第2章 煙に巻かれる消費者 - 誤解だらけのセイホ
  • 第3章 儲けのカラクリ - 生命保険会社の舞台裏
  • 第4章 かしこい生保の選び方
  • ネット生命保険の可能性

国内生命保険料の総額は約40兆円、GDPの7-8%もの大きさを持つ市場だ。個人にとって、生保は住宅に次ぐ人生2番目の大きな買い物になる場合が多い。少しづつ払うという仕組みによってその総支払額の大きさをつかみづらいが、私たちはそれだけ支払う商品を買うという意識を持って生命保険と向き合うべきだ。支払を減らす、というよりも支払と保険契約の中身をちゃんと理解したうえで納得して買うべきものだという意識を持っているべきだと思う。
本書の第1章では世界における日本の生保の特異性、そして日本における生保ビジネスが抱える問題点をおさらいしている。確かに健康保険と皆保険制度がある日本で民間保険の加入者が9割、という状態は普通に考えてかなり異常だと思う。また、長期的には契約している保険の内容もライフステージに合わせて変更していくべきものだ、という意識も低いのではないだろうか。そのあげくが不払い問題、いったいこれまでの日本における生命保険とはなんだったのだろうと思う。払っただけで満足・安心だったのだろうか?
第2章では生命保険の難解さについて取り上げている。異常なほど複雑な仕組みを持つ特約という仕組み、そして保障機能と貯蓄機能を併せ持つ保険そのものの複雑さ。個人的には、保険に貯蓄の側面を期待することはないけれども、感覚的に損をしたくないという人間の意識ではそれをなかなか受け入れづらい。だからこそ、理論的にそれを納得できる知識を持っておくことが重要なのではないかと思う。

(p.81)
生命保険商品には、大きくわけて次の三つの機能しかない。

  1. いざというときに、残された家族のための所得保障→遺族保障(死亡保障)
  2. 病気・ケガによる入院・手術のための保障→医療保障
  3. 将来に備えるため→生存保障(貯蓄・年金)

子供ができて学資保険に入ったけれども、これは積み立て(貯蓄)であると同時にいざというときの資金確保(所得保障)の2つの面がある。本書で説明されている、どんな保険だとしても、分解していけばこれらの3つの機能を組み合わせたものであるという説明はとてもわかりやすい。ばくぜんとした不安に備えるにしては、保険に支払う金額は多くの場合、多すぎるのではないか。また、子供ができたら、子供が進学したら、子供が独立したら、その時々で保険契約は見なおしていくべきものだとも思う。いったい幾ら支払うのが妥当なのか、ということが非常にわかりづらく、また家族ごとに都合は異なる商品だからこそ、たまには真剣に考えるべきものだと思う。
第3章では生命保険会社から見た生命保険という商品を扱うビジネスについて、丁寧なわかりやすい説明がされている。生命保険という商品の値付けはどのような仕組みで行われているのか、これまでの生命保険ハウツー本では「なぜ保険に加入するのか」や「どう保険を選ぶのか」については説明があっても、生命保険がどうつくられているのかまでを説明した本はなかったのではないかと思う。本書では私たちが支払った総額28兆円の保険料はどのような資金フローを辿るのかや、収益のカラクリである「シサ(死差)、リサ(利差)、ヒサ(費差)」までもが解説されている。保険ビジネスを始めるわけではない単なる保険の契約者として、ここまで理解する必要があるのかとも思うけれども、私たちが家を購入するときには見積項目を精査し、扉1枚・コンセント1個の必要性まで検討するわけで、同じように千万単位の買い物となる場合もある保険についてもこのレベルまでしっかり認識したうえで購入判断をすることは本来当たり前のことだったのかもしれない。
そして第4章。業界としての生保も規制緩和など様々な要因により競争が行われる市場となりつつある。だからこそ、私たちは「自分たちが必要とする」保険を正しく選ぶことができる必要がある。著者はその検討のための参考として、「保険にかしこく入るための七ヵ条」を挙げている。

  1. 死亡・医療・貯金の三つに分けて考えよう
  2. 加入は必要最小限、を心がけよう
  3. まずは中核の死亡保障を、安い定期保険で確保する
  4. 医療保険はコスト・リターンを冷製に把握して、好みに合ったものを選ぶ
  5. 貯蓄は金利が上がるまで、生保で長期の資金を塩漬けにしてしまうのは避けよう
  6. すでに入っていても「解約したら損」とは限らない。見直そう
  7. 必ず複数の商品(営業マンではない)を比較して選ぼう

個人の意見としての著作とはいえ、著者の立場は新興生命保険会社の経営者なわけで、本書などをきっかけとして一人でも多くの人が生命保険について考え直し、契約を再検討することで自社に切り替えてくれることを期待するバイアスがないとは言えないだろう。しかし、それであっても、本書のように契約者に向けて保険という商品そのものについての裏側までを含めたわかりやすい説明がされた著作はほとんどなかったわけで、新書というフォーマットで刊行された本書は、生命保険の契約者、および特にこれから生命保険を検討しようとしている人たちにとっては読む価値のある1冊だと思う。ん千万の買い物を前に、780円の本書を読んでおいて損はない。