書評:『重力ピエロ』伊坂幸太郎/新潮文庫

重力ピエロ (新潮文庫)

重力ピエロ (新潮文庫)

兄は泉水、二つ下の弟は春、優しい父、美しい母。家族には、過去に辛い出来事があった。その記憶を抱えて兄弟が大人になった頃、事件は始まる。連続放火と、火事を予見するような謎のグラフィティアートの出現。そしてそのグラフィティアートと遺伝子のルールの奇妙なリンク。謎解きに乗り出した兄がついに直面する圧倒的な真実とは−。溢れくる未知の感動、小説の奇跡が今ここに。

んー、ぐいぐいと読み進めさせる面白さはあるのだけれども、しごく全うな展開。まさにこうなるんだろうなぁと読者に充分思わせて、ちゃんとそうした結果に至る小説。この小説は映画化されることになっているのだが、当初から映画化などの映像化を想定していたかのような場面展開とわかりやすい個性的な登場人物たちによって本作は構成されている。

春が二階から落ちてきた。
私がそう言うと、聞いた相手は大抵、嫌な顔をする。気取った言い回しだと非難し、奇をてらった比喩だと勘違いをする。そうでなければ、「式は突然空から降ってくるものなんかじゃないよ」と哀れみの目で、教えてくれる。
春は、弟の名前だ。頭上から落ちてきたのは私の弟のことで、川面に桜の花弁が浮かぶあの季節のことではない。私の二年後に生まれた。パブロ・ピカソが急性肺水腫で死んだのが全く同じ日で、一九七三年四月八日だった。

こんな冒頭シーンで始まる本書は、まずはぐいっと読者を引きつける。そもそも最初の章のタイトルからして「ジョーダンバット」。いったいなんなんだ?と読者を一気にその世界観に没入させるテクニックが伊坂幸太郎は上手い。そしてなんと言っても、こうした冗談のような(^_^;)ネタが後々しっかりと本筋における重要なキーになっていくように仕込まれている。綿密なプロットに基づいて、あとは書くだけ、ようなかたちで書いているのではないかと思うのだが、どうなんだろう。