書評:『iPS細胞 ヒトはどこまで再生できるか?』田中幹人/日本実業出版社

研究者自身が書いた本ではなく、ライターが研究者たちに取材を重ねて書き上げた一冊だからこそ入門書としては最適な一冊。

iPS細胞 ヒトはどこまで再生できるか?

iPS細胞 ヒトはどこまで再生できるか?

そもそもiPS細胞とは何なのか、という基本の基本から始まり、iPS細胞が産み出されるまでのドキュメンタリー、そしてiPS細胞が持つ科学的な課題、さらには倫理的な課題、そしてiPS細胞を巡る将来予想まで、本書1冊でiPS細胞を取り巻く世界観を俯瞰することができる。

  • まえがき
  • 1章 多能性細胞とはいったい何か
    • 生物の体はなぜ再生できるのか
    • ES細胞の制御と再生医療の可能性
    • ヒトES細胞株の樹立と生命倫理の問題
    • 個体差はなぜ生じるのか 遺伝か、環境か、それとも…
    • ドリー、そしてiPS細胞の意味
  • 2章 「ヒトiPS細胞」誕生
    • 一人の患者さんとの出会いが研究の世界へ導いた
    • 山中研究室がいよいよスタート
    • 研究を推し進めるためにどうしても必要な「お金」の工面
    • 分子生物学という「推理ゲーム」
    • いよいよ、多能性誘導に取り組む
    • マウスiPS細胞の誕生
    • iPS細胞、世界の舞台へ
    • マウスiPS細胞の論文発表が広げた波紋
    • ヒトiPS細胞に向けての闘い
    • 二つのちょっとした工夫でヒトiPS細胞のコロニーが得られた
    • 三因子でもiPS細胞を産み出すことができる
  • 3章 iPS細胞でガラリと変わる再生医療
    • iPS細胞とES細胞の関係
    • iPS細胞とES細胞はどれくらい同じか?
    • iPS細胞の問題(1) 遺伝子導入方法の改良
    • iPS細胞の問題(2) がん化の危険性
    • iPS細胞の改良 低分子化合物によるiPS細胞化
    • すでに始まっているiPS細胞の利用
    • 再生医療の実現に向けた最初のステップ
    • 実現が近い再生医療 皮膚と血液疾患
    • 献血に頼らない輸血の実現に向けて
    • 中枢神経系の再生 カハールの「定説」への挑戦
    • 網膜の再生 視覚機能の回復を目指して
    • 再生工学との融合 臓器の再生
    • オーダーメイド再生医療の実現性
  • 4章 再生医学研究を成功させるための課題
    • 止まらない日本からの頭脳流出
    • 研究の成果が社会に役立つための道のり
    • 探求研究から生まれたiPS細胞
    • 研究者を振り回す省庁間の縄張り争い
    • 問題を象徴する言葉「デマゲ」と「エフォート率」
    • 再生医療知財とどう取り組むべきか
    • 日本が太刀打ちできないアメリカの資金力
    • オールジャパン体制」の意味
  • 5章 再生医療は未来の社会をどう変えるのか
    • 生命倫理 細胞をどこから「ヒト」として扱うのか?
    • 再生医療は倫理観の変化をもたらすか
    • クローン人間が受け入れられる日
    • 医療は本当の意味での変革期にある
    • 不老不死は実現するのか? エンハンスメントという問題
    • 再生医療少子高齢化と格差拡大が進む
    • 「人の選別」につながりかねない危険性
  • 終章 再生医療はいつ実現するか
  • 謝辞
  • 出典・参考文献

iPS細胞の何が凄いのか、漠然と認識していたが、その可能性は無限大だ。もちろんまだその研究はその入り口が開かれた段階だが、人類はこれまで入り口さえ開けば想像を超えたスピードで研究、そして実用化を推し進めてきた。数年というスパンでは難しいだろうが、数十年、そして半世紀程度のスパンで考えれば十分実用化が視野に入ってくるのではないかと思う。
多能性幹細胞。特定の機能を持つのではなく、どんな用途の細胞であっても創り出すことができる根幹たる幹細胞についての研究の流れ、そしてiPS細胞が持つ可能性についての説明から本書は始まる。iPS細胞を理解するためには、ES細胞についての理解が不可欠なのだが、ES細胞の可能性と根本的に抱える倫理的な問題をふまえることで、iPS細胞の持つ可能性をはじめて理解することができる。
体細胞だけを用いて多能性細胞を創り出す。まるでタイムマシンによって過去にさかのぼるかのように細胞が元々持っていた機能を呼び戻す研究はiPS細胞によって大きなブレイクスルーを突破したことは間違いない。2章で語られる、ヒトiPS細胞を産み出すまでの山中研究室の奮闘ドキュメンタリーは、読み進めているだけでも興奮せずにはいられない。目の前に、まだ誰も到達できていない世界の入り口がある。その入り口を開けるドキドキ感は、たとえ研究者ではなくても誰もが持つ探求心を強く揺さぶる。
iPS細胞は大きな可能性を秘めていることは間違いないが、同時に様々な課題を抱えている。iPS細胞の実現によって、再生医療に向けた様々な研究がさらに一歩前進することは確実だが、まだまだ前途は長い道のりがある。iPS細胞によって実現が期待される新しい医療「再生医療」は、多くの人に希望をもたらしているが、その希望が現実のものとなる日を迎えるまでには、まだまだ積み重ねていかなければならない課題は数多くあるという現実を本書は明確に訴えている。そして、単に技術的な課題だけではなく、社会的な問題や、倫理的な問題など、iPS細胞はその可能性が無限大であるが故に、同じく無限大ともいえる課題もまた抱えている。
とはいえ、人類はそうした課題に対して積極的に取り組み、そして受け入れてきた。iPS細胞を巡る研究が止まることはないし、今後は飛躍的に研究が進んでいくことになるだろう。そうした中で、具体的な形として人がその研究成果によって救われる日がいつかやってくる。
本書が扱うiPS細胞研究のスタートラインは、数十年後、そして1世紀後にはきっと想像もできないような医療・そして社会を人類にもたらすことになるのだろう。