書評:『ライディング・ロケット(上)ぶっとび宇宙飛行士、スペースシャトルのすべてを語る』マイク・ミュレイン[金子浩:訳]/化学同人

本が好き!プロジェクト経由での献本御礼。同じく本が好き!プロジェクト経由で指名献本されていたdankogaiさんは私がゆうパックで受け取った数時間後にはすでに書評をアップしていたが、いくらなんでもそんなスピード書評は出来ず。電車での移動中に読み進めてまずは上巻だけについて書評。


ライディング・ロケット  ぶっとび宇宙飛行士、スペースシャトルのすべてを語る

Amazonで購入
書評/サイエンス

  • 謝辞
  • 第1章 腸と脳
  • 第2章 冒険
  • 第3章 急性灰白髄炎
  • 第4章 スプートニク
  • 第5章 選抜
  • 第6章 スペースシャトル
  • 第7章 発育不全
  • 第8章 歓迎
  • 第9章 酒池肉林
  • 第10章 歴史の殿堂
  • 第11章 新人ども
  • 第12章 スピード
  • 第13章 訓練
  • 第14章 スピーチの冒険
  • 第15章 コロンビア
  • 第16章 序列
  • 第17章 プライムクルー
  • 第18章 ドナ
  • 第19章 中止
  • 第20章 MECO
  • 第21章 軌道
  • 第22章 帰郷

(以下、下巻につづく)

本書はスペースシャトルに3度乗り宇宙(といっても、せいぜい高度200-600km程度の、地球の大気のわずかに外側に過ぎないのだが)に行ったミッションスペシャリスト(MS)、マイク・ミュレインの自伝。本人だからこそ書くことが出来る、いや、本人にしか書くことが出来ないであろう人間臭さ満載のスペースシャトル顛末記といえるかもしれない。偏見や嫉妬、愚行、愚痴、そして下品な話が満載で、ちっとも最先端の宇宙をテーマとした本だとは思えないのだが、それが逆に、これまでスペースシャトルに対して抱いていた技術の塊のようなイメージを払拭し、その中には生きた人間たちが乗り、そして宇宙に旅立っているのだということを強く伝えてくれる。

p.135
NASAのシュミレーターでいちばん印象的だったのはトイレトレーナーだった。トイレトレーナーは、固定式SMSのとなりの部屋に設置されていて、SMS訓練中の宇宙飛行士が練習できるようになっていた。たしかに練習が必要だった。
シャトルのトイレは、基本的には掃除機だ(家の掃除機では試さないでいただきたい)。小便器は男女の使用者にあわせて交換可能な漏斗を備えた吸引ホースだった。吸引力が強いので(ある海兵隊員はプロポーズした)、トイレのチェックリストには、男性の体のいちばん大事な部分を漏斗に深く入れすぎないようにという警告が記されていた。不注意な宇宙飛行士のイチモツがこのホースに吸い込まれてしまったら、その宇宙飛行士は、「世界一細長いペニス!」と書かれた横断幕の下で、サーカスの見せ物という新しい仕事につく資格を得られることだろう。

本書の1/3ぐらいはシモのはなしかもしれない(少々誇張)。でも、だ。誰もが疑問に思ったり、興味を持ったりしているはずだ。宇宙飛行士はどうそれらを処理しているのか、と。本書ではこれでもか!とそうした話が実体験として描かれている。やはり実際にスペースシャトルに搭乗した宇宙飛行士自身にとっても、それらの訓練、そして本番!は衝撃的な出来事であり、印象深く記憶に刻まれているのだろう。
もちろん、本書はそうした話だけではない。著者の語り口はシンプルに、宇宙に行きたい!という気持ちを強烈に持った者の顛末を生き生きと描いている。

p.60
固体ロケットブースターには、こうした重要な安全性が欠けている。いったん点火したら止められないし、固体推進燃料は流れないから、ほかのエンジンに流用もできない。もっとも基本的なレベルで、現代の固体ロケットブースターは、数千年まえに中国で発射された最初のロケットと変わっていない−点火したら最後、なにかあっても手の打ちようはなく、祈るほかないのだ。

p.61
NASAスペースシャトルの運航開始を宣言し、二席の射出座席をとりはずして、フライトごとに最大10名の宇宙飛行士を乗り組ませると発表した。計画されていた人工衛星の放出と回収、宇宙遊泳、それにシャトル時代の宇宙実験室における研究などのためには、そのような大勢のクルーが必要だったのだ。そうしたクルーのための飛行時脱出システムはなかった。

そうしたとんでもない乗り物であることを200%承知で、それでも宇宙へと飛び立ちたいと強く願う本能的な願望。

p.270
この瞬間に神さまがあらわれて、わたしは90パーセントの確率でこのミッションで命を落とすといわれ、クルーのヴァンから飛び降りるチャンスを与えられたとしても、わたしは「降りません!」と叫んでいただろう。なぜなら、このはじめての飛行で、10にひとつは生きて帰れる可能性があるからだ。わたしは、幼いころからずっと、この瞬間を夢見ていた。飛ぶしかなかった。たとえ神さまに、ほかの九の場合はどうなるかを、自分自身の黒焦げになった死体が袋に入れられてジッパーを締められるところを見せられても、やっぱりわたしはヴァンを降りるという選択をしなかっただろう。わたしにはこの飛行をおこなう必要があった。

何度も打ち上げ直前までいって中止に追い込まれながらも、何を失ったとしても宇宙へ行きたいという丸出しの欲望。
ソ連もかなりのところまで開発を進めたものの、スペースシャトルを実用レベルにまで至らせた国はアメリカしかない。当初の予定を大幅に下回り、年数回の打ち上げしか出来ていないとしても、その事実はアメリカのチャレンジャー精神を物語っている。1981年の時点でこれだけのものを創り出した国は、きっと本書の著者のような人たちにより支えられているのだろう。
上巻ではやっと最後の部分で著者は宇宙に旅立ち、そして帰還するまでが描かれていた。さて、これでもまだ折り返し地点。下巻ではどういう展開が待ち受けているのか。ワクワクせずにはいられない。
さて、続いて下巻だ。