書評:『「生きている」を見つめる医療ーゲノムでよみとく生命誌講座』中村桂子+山岸敦/講談社現代新書1881

ちょうど科学と医学の間を埋めてくれる、非常にバランスの取れた優れた良書。

オビには"生命と医療を考える入門書"とあるが、ゲノム・がん・脳と現代医学の最前線で扱われている分野ををあつかいつつもちゃんとそれらが「人間が生きる」ということに対してどう結びついているのかをとてもわかりやすく説明してくれる。補足として、本書で扱いきることができない内容をWebとリンクするかたちで記載している点も好感が持てる。
"第一章:うまれる"では、人の誕生におけるゲノムの役割、そして親から子に遺伝子を受け継ぐとても巧妙な仕組みについて説明している。子供が祖父・祖母に似る理由や、胎盤も受精卵から作られるということの意味、最近なにかと話題な体細胞クローンの問題、トリソミーヤダイソミーといった先天異常についてなど、それぞれの項目だけで1冊書けてしまいそうな内容を幅広く網羅している。
"第二章:育つ"では、病気と人体の関係について扱う。外部要因とされる外傷や感染症、そして内部要因とされる遺伝病など、人体に対する様々なトラブルと、それに対して様々な方法で対応する機能を持った人体の不思議さはとても面白い。
"第三章:暮らす"では、主にがんについて扱う。本来、自己の細胞であるにもかかわらず細胞分裂の暴走によってがん化する細胞が発生する理由はなぜなのか、そもそも多細胞生物であるがためにがんは避けられない病気である理由は…。この章だけでも十分本書を読む価値はある。
"第四章:老いる"からは主に脳を扱う。分裂せず、人の一生を通じて使われる特殊な細胞という神経細胞の特徴を説明し、痴呆やアルツハイマー病について現在わかっている理論が説明される。そして「脳を修復する」ことは可能なのか、という将来に向けた考えが示される。脳は現時点においてもまだまだわからないことが多い部分であり、今後さらに研究が進み、様々なことがわかってくるだろう。
"第五章:死ぬ"は最後の章。真核細胞と原核細胞という視点から、性と分裂限界について説明される。個体の死と種としての進化や継続性。本書で説明される内容は、"死ぬ"ことについて新しい視点を与えてくれる。
生まれてから死ぬまでについて、"生命誌"という視点で描いた本書は非常に知的に面白く、興味深い一冊である。