書評:『冷たい密室と博士たち DOCTORS IN ISOLATED ROOM』森博嗣/講談社文庫

冷たい密室と博士たち (講談社文庫)

冷たい密室と博士たち (講談社文庫)

S&Mシリーズ第2弾。密室ミステリーの王道というか、密室のトリックとその犯人は事件シーンにおいておおよそ目星がつくのだが、精巧に組み上げられた精密時計のような伏線により構成されるトリックそのものよりも、その犯行の裏に潜む動機の解き明かしこそが実は森博嗣の作品の肝なのかもしれない。

同僚の誘いで低温実験室を訪ねた犀川助教授とお嬢様学生の西之園萌絵。だがその夜、衆人環視かつ密室状態の実験室の中で、男女二名の大学院生が死体となって発見された。被害者は、そして犯人は、どうやって中に入ったのか!?人気の師弟コンビが事件を推理し真相に迫るが・・・。究極の森ミステリィ第2弾。

あちこちの書評や本人のコメントにもある通り、実際には本書がシリーズの第1弾となる予定の作品であったが、デビューのインパクトを考慮して第2作目とされた作品。たしかに、本作に替わってデビュー作とされた『すべてがFになる』の方が作品としての華があり、トリックやストーリーにからむ展開も大がかりでとっかかりとして読者を獲得するには適している気がした。
とはいえ、本書に魅力がないわけではない。派手さはなくても、犀川と萌絵の描写や微妙な関係、そしてそれを取り巻く大学環境などは、著者が意識して第1作として盛り込んだのだろう。シリーズ物として、第1作を受けて第2作として本書があることによって、シリーズの要石となっている気がする。実質第1作の主人公のようであった天才科学者 真賀田四季 のような存在が登場しないだけに、本筋のミステリーだけではなく、S&Mシリーズとして犀川と萌絵の2人の人物像が強く印象づけられる作品であった。
蛇足ではあるが、本書ではUNIXが大きなポイントになっている。ネットワークやメール、root権限やアカウント管理、telnetによるリモート管理やguest権限など、UNIXの基本的な部分を理解していないとスムーズに読み進めることができないかもしれない。しかし10年以上前、まだインターネットがほとんど普及していなかった頃にUNIXをキーにしたミステリーを書き、メールによるコミュニケーションを普通につかいこなす登場人物たちを描いているところは理系ミステリーといわれる所以か。