書評:『スーパーコンピュータを20万円で創る』伊藤智義/集英社新書0395

スーパーコンピューターを20万円で創る (集英社新書)

スーパーコンピューターを20万円で創る (集英社新書)

本書は銀河や星団といった星の集合体の状態が維持される理由を解明するために、個々の星を1つの粒子として扱って重力熱力学振動を立証することを目的としたスーパーコンピュータの開発を目指した研究者たちのノンフィクションストーリー。
本書は、その現場の最前線にいた著者自身が著しているので非常にリアルな現場が描かれていてとても面白い。読者を引き込む文章の書き方も上手いなぁ、と思っていたら、なんと著者は集英社ヤングジャンプ青年漫画大賞原作部門」準入選(その後、「栄光なき天才たち」はヤングジャンプにおいて月1回の読みきりとして連載される)の経歴を持つ異色の(?)科学者だった。納得。
本書の著者たちが開発を行ったのは「重力計算」という特定の目的だけのための専用計算機『GRAPE』。紙の図面で引かれた設計図をベースとしたGRAPE-1、実際に球状星団を対象とした計算を可能とすることを目的としたGRAPE-2、GRAPE-1をLSIチップ化することによりギガフロップスの計算速度を実現したGRAPE-3、GRAPE-2を分子運動学用に改修したGRAPE-2A、GRAPE-2をLSIチップ化してテラフロップスの計算速度に達したGRAPE-4…。著者たちが取り組んだスーパーコンピュータ開発は専用の高性能計算機を「必要だがないから創る」という意味で非常に科学者的な取り組みといえる。日本の場合、そうしたチャレンジが実際のビジネスにつながっていかないのが残念なところなのだが…まぁそれはまた別の議題だろう。
著者らはテラフロップスの処理速度を備えたGRAPE-4を使用して1ヶ月にもわたる計算を実施し、そもそもの開発目的であった球状星団の重力熱力学振動を証明する。しかしその後もGRAPEはさらなる発展を続けている。アースシュミレーターなどのスーパーコンピュータと比較してあまり認知されていない(私も知らなかった)GRAPEだが、日本の技術力の底力を垣間見る1つのチャレンジとしてもっと評価されるべきなんだと思う。理系の大学を目指そうとしている高校生にもぜひ読んでもらいたい一冊。