進化しすぎた脳

進化しすぎた脳
進化しすぎた脳
posted with amazlet on 07.02.12
池谷 裕二
講談社
売り上げランキング: 812

脳科学の最前線で活躍する研究者による非常に優れた一冊。基本的に慶応義塾ニューヨーク学院高等部の学生(生徒?)8名相手に4回に渡って講義した内容をできる限り忠実に文章としてまとめているので、BLUE BACKSの中でもページ数の多い500P近くある一冊だが非常に読みやすい。新書で1,000円は少々高く感じるが、いやいや、内容から考えれば非常にお買い得。
脳科学は現代科学において最も注目されている領域の1つであり、多くの研究者によって研究が進められているために日々新たな研究成果が発表されているが、この本の著者である池谷裕二さんはその脳科学の最前線で現時点でも活躍している研究者であるだけに非常にリアルな最新情報を常に話題として講義しているところに他の本では得られない面白さがある。高校生にとって「これは今週のネイチャーで発表された論文なんだけど…」と展開される講義ほど面白い講義はないだろう。最先端の現場でリアルに進められている研究に触れることができる機会は非常に刺激的だ。
第1章で紹介されているラジコンネズミはなかなか衝撃的。ネズミの脳に電極を挿し、電気刺激を与えることによってネズミの行動をラジコンのように操作した実験が紹介されているのだが、そこから展開される「はたしてこのネズミの行動は自由意志といえるのかどうか」という議論も興味深い。どうやってネズミの脳に電気刺激を与えることでネズミの行動を制御しているのかについては本書を参照してもらいたいが、2002年末に行われたこの講義で2002年5月のネイチャーに掲載されたこの論文が使われている。まさに最先端なわけで、高校生にとってこの講義は非常にエキサイティングな体験だっただろう。研究者はもちろん最先端の科学を研究することが使命であるが、同時に後進となる若者に「きっかけ」を与えることも非常に重要な役割であり、まさにこの講義に参加した高校生にとってはその後の学究の道を選択する際に大きな影響を与えたと思う(本書の最後に載っている「ブルーバックス版刊行に寄せて」で実際に『「あの日の講義に参加したことがきっかけで、医学部に進学を決めました」と知らせてくれた当時中学生だった生徒さん』という紹介がされている)。
人間よりも優れた脳を持つイルカがなぜ人間よりも優れた知性を持たないのか、100万画素程度の解像度しか持たない人間の目はなぜ世界がカクカクに見えないのか、なぜ記憶はあいまいなのか(あいまいな記憶を持つメリットとは?)…。
現在は高校生、そして大学生になっても低学年のうちは一般教養的な学問を学ぶ。もちろんそういった下地があってこそ応用学問を積み重ねていくことができるのだが、ただ一般教養だけを学んでいても「これがどう役に立つのか」というモヤモヤ感が溜まっていってしまう。そういう意味でも、年に何度か様々な分野の最先端にいる若手研究者の講義を受けることができる機会を提供することは非常に重要であり、そうした積み重ねが将来の研究者を生み出す大きなきっかけとなると思う。
講義を受けた8人ほどでないにしろ、このBLUE BACKSを読んだことがきっかけになる学生もきっといるわけで、こうした本が様々な分野について発売されていけばいいのだけれども。